島原「そうめんの山道」では、国産小麦100%の手延べ素麺・うどんの製造、無添加だしパックの販売・通販・卸を行なっております。


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島原そうめん発祥の起源(小豆島伝来説)

和食(和麺)ともいえる素麺(そうめん)と饂飩(うどん)。その起源は古来中国から伝わったと言われています。日本の文化・外交・貿易の窓口であった長崎、島原には当時の先進技術、文化が集まっていました。異教徒禁制と農民圧政によって惹き起こされた島原の乱(原城の一揆)により廃墟となった島原地区には全国から移民政策がとられ、新たな地域形成がなされます。その背景と島原そうめんの歴史を過去から現在まで解説します。

小豆島伝来説(乱後説)

島原の乱後、廃墟となった島原南部と熊本天草にはほとんど農民がいなくなってしまい人口が激減したため、幕府は各藩に強制的に人数割をして農民を移住させました(公儀百姓)。また移農民は非常に優遇されたため、その後近隣の諸から非合法に流入してくる者(走百姓)も多くいたといわれます。乱後、島原4万石の内、2万2千石は亡者の地であったといわれています。

島原半島南部の各地区・集落の姓名を調べると、集落ごとに同じ姓・家紋が多く、その歴史・名残がわかります。

小豆島からの移住者姓

  • 八木氏~北有馬地区
  • 大崎氏・七条氏・林田氏~南有馬地区
  • 高橋氏~口之津地区
  • 酒井氏・松藤氏~加津左地区
  • 井上氏・三宅氏・三木氏・山本氏・小笠原氏・渡辺氏・岡本氏・猪子島氏~南串山地区(小豆島から一番多くの戸数が移住した)。

島原そうめんのルーツに「移民説」がある。乱後の移民政策により幕府直轄領、讃岐国・小豆島より移住してきた者の中に手延素麺の技術を持った者がおり現在に伝えた(讃岐国・小豆島伝来説)とされています。現存している島原の歴史資料に「高橋権寿が挽き臼で小麦を製粉しそうめんを作る・・・」という記述が残っていることから、小豆島からの移民「高橋」氏と重ならせたもの。と言われています。しかしこの説は古文書等により検証されたわけではなく、民話風に語られているものであり、様々な資料を検証すると不合理な点が多いとされます。後の島原そうめん業者が首都圏に売り込みを図るため、有名名産地「小豆島そうめん」ブランドの名を借り「ルーツは小豆島だ」と言って売り込んだ。とも言われています。

その後の島原そうめんの歴史もご覧ください。

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山道そうめん(金帯、紫帯、黒帯品)は、品質並びに生産工場の衛生状態も含め、島原手延べそうめん認証委員会の厳格な審査基準をクリアした商品です。